COLUMNS

コラム

学習コンテンツサーキュレーションシステム(ゲスト*ATDJapan事務局長 IPイノベーションズ代表取締役 浦山昌志氏)

AS 研究会 2018年3月13日 「学びの未来と私たちの対応」
浦山昌志氏(ATDJapan事務局長 IPイノベーションズ代表取締役)

今回は「学びの未来と私たちの対応」がテーマ。
ゲストのIPイノベーションズ代表取締役 浦山昌志氏は、国内で初のシスコシステムズ認定教育の立上げや、LMSの先進導入など、教育×テクノロジーの分野で30年近く活躍されている。
現在は人材開発・組織開発に関する各種テーマで、委員会・研究会・勉強会等を開催している団体『ATD』の日本事務局長を務めており、世界各地での知見を豊富にお持ちだ。
今回はテクノロジーによって我々人間の学習がどう変化していくのか、学びに関するテクノロジーはどう変化しているか、そして進化するテクノロジーの中で人間は学びにどう関わっていくかということとついてお話しいただいた。

学びの変化予測

学びをサポートするテクノロジー

“学び”と聞くと、皆さんはどんなイメージを持ちますか。
会社で研修を受けたり、ビジネス書を読んだり、資格を取るといったことを思い浮かべる人が多いかもしれません。
実際には人間はどのようにしたら学びやすいのか、今脳科学的な観点からの研究が盛んですよね。
こうした研究によると、実は本を読んだり教室で学ぶような、フォーマルラーニングと呼ばれる領域は学び全体の10%にしかすぎない、と言われています。
20%は他者からのフィードバックによる学びで、最も多い70%を占める部分は、実際の体験によるものだといいます。
つまり私たちの学びや成長の要因として大きいのは、机上の学習よりも、体験によるものや、他者からのフィードバックによるものなんですね。
企業で人事などが一生懸命研修の企画をしたりするわけですが、これらは人の学び全体の中では10%にしかすぎないわけです。
これまで放置されていた90%の学びをどう得るのか。
今、それをサポートするツールとして様々なテクノロジーが出てきています。
例えば、自分自身の体験をすぐシェアできたり、他人からのフィードバックがリアルタイムに得られるようなツールです。
今回使用しているUMUというツールも、今この講義を受けて感じたこと、疑問点を即座に私とシェアすることができる革新的なプラットフォームですよね。
こうした学び方の変化は世界で大きな流れになっており、今後も加速していくと思います。

学びの意志

また学びにあたっては、他者から言われた通りにやるのではなく、自分自身で学んでいくという意思が大事な時代にもなっています。
ATDでは「学びはイベントではなく、ジャーニーである」とよく言っていますが、学ぶ人は旅人ですから、ルートは自分で選び取るということになります。
そのような意識で取り組むのと、人事部から「これをこうやって学べ」と言われてやるのとは全然効果も違うはずです。
自分なりに学びたいという思いから学べば、人の10倍の速度でエッセンスを得られるかもしれません。
そして、一体何に興味を抱くのかということは、人によって違うわけです。
ですから、旅するように、その時に「こっちだ」と思った方向に進んでいく、そんな意思が必要だと思います。
ただし、企業で研修を行うような道案内人の役割はいらないのかというと、そうではありません。
誰しも学びの専門家ではないので、どのルートを進んだら良いかわからなくなることは多々あります。
その時に、様々なルートを案内してくれる存在は必要です。
また最近では、いいなと思う人のレコメンドを見て選んでいくという方法もありますよね。
こうした存在を活用しながら、誰にも押し付けられず、自分で学びを選んでいく。
こうした潮流が、テクノロジーによって生まれつつあります。

学びとAI

ある説によれば、2030年に、人は今の10倍のスピードで学べるようになるそうです。
それはAIによる影響だと言われています。
AIはいずれ、一人ひとりのスキル、興味、課題、そしてどうすれば学べるかということを高精度で把握すると言われています。
ですから10人いたら10通りのやり方で同時にコーチングする、という人間にはできないこともAIなら可能になるかもしれないのです。
こうしたことを可能にする技術は、日々進化していくと思います。
一方で、ラーニングファシリテーターとして、本人が意図していなかった方向に導いたり、気づきを提供できるのは、もしかするとAIではなく人間かもしれないと私は考えています。
ただ学びの課題を提供し、それをクリアすればよいという時代ではありません。
学びとはどれだけ人に影響を与えて、他の人に刺激を与えたかだと思うんです。
直接的なディスカッション、他者との関わりを通じて「すごい学びがあった、気づきが多かった」と思えるような学習の機会を提供していく必要があると思います。
これが新しい学びに対する私の考えです。

テクノロジーによって学びはどう変わるのか

学びのパーソナライズド

今デジタルラーニングの世界で非常に大きな流れになっているのは、パーソナライズド、つまり個人の志向にあった学びを提供するというものです。
例として、マイクロラーニングや、アダプティブラーニング、インマーシラブルラーニングと呼ばれるものがありますが、こうした個人への学びをAIやマシンがサポートする、という流れが加速しています。

マイクロラーニング

マイクロラーニングというのは、1コンテンツあたり1-5分程度と短い時間で学べるようになっている学びです。
こうすることのメリットはいくつかあります。
最近はみなさん忙しく、長い時間をとって勉強に割けなくなっている人が多いため、コンテンツをコンパクトにすることで学びの機会を増やせるということ。
また、何か機器の使い方を忘れてしまった時の復習など仕事のサポートシステムとしても使えます。
そして一番重要なのは、現場で活かした後「実際にはこういう使い方をした、こういう課題があった」ということを、ユーザー自身が新たなコンテンツとして発信できるということ。
これは今回使用しているUMUにも言えることです。
UMUでは今話している内容に対してリアルタイムで感想、質問を投げることができます。
遠隔でこの話を聞いている人も参加できます。
そして同じように参加している人同士でも相互にやりとりができるわけです。
これが講座終了後もできるようになっています。
そうすると、かなりの広範囲間で相互に学び合うことができ、内容の反復にもなる。
これが大事なんです。
このように、学ぶ組織に変革するためのツールとしても使えます。

アダプティブラーニング

アダプティブラーニングは、個々人の状態や特性に合わせ、より的確なコンテンツを提供していく手法です。
これを実現するのはビックデータと、学習認知モデルです。
学習者が学びを蓄積するにつれて、そのデータはデータベースに蓄積されます。
すると「この人はこういう学びの傾向を持っていて、タイミングはいつが適切」ということがわかってくるわけです。
すると、受講生にレコメンドされます。あるいは同じテーマに関心がある人の学んでいるコンテンツや、尊敬する先輩の見ているコンテンツが紹介されたりということもできます。

インマーシラブルラーニング

インマーシラブルラーニングとは、ARやVRを使った、没入型学習です。
モニターを通じて、今いる場所とは全く別の場所にまるで存在しているかのような臨場感を得られるというものです。
例えば新しい病院がオープンするとき、あらかじめ病院の中をVRで作り、オープン後をイメージしてシミュレーションをしたり、あるいは放射能が存在している場所の再建といった実際に足を運べない場所のシミュレーションなど、現実でなかなか体験できないことを学びとして行うということも、インマーシブルラーニングでなら可能になります。
こうした新しい学びが次々と誕生しているわけですね。

ラーニングエコシステム

アメリカでは、平均4年ごとに皆職業を変えるそうです。
という事は、1つの分野でエキスパートになるのに10年もかかるというのでは困るわけです。
転職してきて1年目は大体できるようにするためにも、こうしたテクノロジーを駆使する必要があります。

そして、テクノロジーの進歩により、誰でもいつでもどこでも、機会さえ作れれば全世界のコンテンツを学べる時代になってきています。
今、ラーニングエコシステムという概念があります。
真ん中に学び手がいて、その周りを取り囲むようにラーニングコンテンツ、ソーシャルサポートのプラットフォームがあります。
その周りにはラーニングエンヴァイラメント、モバイルやPCなどのネットワークが存在します。
そしてそれらを包括し形作るのがカルチャーポリシーです。
こうしたものがラーニングエコシステムを構成する要素ではないかといわれています。
ラーニングエコシステムをイメージし、各社がこうした学びを得るためのプラットフォーム作りにも力を入れています。

人間だからこそできるホリスティックアプローチに注目

こうしたテクノロジーの時代に我々はどう学べばよいのでしょうか。
あるいはAIのようなテクノロジーが台頭する中で、トレーナーの立場として、どういった形で学ぶ人と対峙すればよいのでしょうか。
ATDでは、これまで時間をかけてインストラクターのコンピテンシーを細かいところまで定義してきました。
しかし、世界各国から教育実践者の集まるセッションで、あるオランダの応用科学大学の人たちが、今のコンピテンシーを超えるものがあるのでは?と自ら開発し、発表した手法が、非常に面白かったので紹介します。

それは「トレーナーとしてのコンピテンシーを超える ホリスティックアプローチ」というものでした。
彼らは、全ての人間は異なる性質を持っているのだから、トレーナーを説明する1つの標準的モデルというものも存在しないのではないか、という仮説を立てました。
もっとホリスティック、かつトレーナー自身が”幸せ”を感じている、幸せなトレーナーを育成できるのではないかと考えたのです。

彼らが注目したのは、東洋の思想に出てくる”チャクラ”(人体の頭部、胸部、腹部など体に存在するとされるエネルギーの出入り口。各々がそれぞれの色、特質を持つとされる)でした。
彼らは十数年前に、「トレーナーに必要な特質100」というものを探求する中で、特に大事と思われる7つの特質に着目しました。
その時、これらの内容と7つのチャクラは、内容が対応するのではないかと考えたのです。
これは西洋的思想と東洋的思想が出会った考え方、とも言えるかもしれません。

ビヨンドコンビテンシー 7つの特質

詳しく見てみましょう。
1番目、赤のチャクラは「平和、存在意義」を表しています。
これはファシリテーターに必要な特質で表現すると、相手が自分の安心感を表現でき、自分の存在意義を感じられるようにするということです。
これは非常に重要なことではないでしょうか。

2番目のオレンジのチャクラに対応する特質は「グループへのつながり」です。
共に働くグループの人々と自分の感情や感覚を通じつながり、自分を手放すことができるかです。

3番目の黄色いチャクラは「自分の力を使う」
健全な自尊心から来るものとして努力したり、力や情熱を傾け結集することができるか。

4番目、緑のチャクラは胸のところにあり「愛と敬意」を表現しています。
他の人のプロセスを受け入れ尊重し、バランスを取ることができるか。
発表した彼らは「プロフェッショナルラブ」と表現していました。
プロとしての愛を持って行動し自分を受けることができるかが、ファシリテーターやインストラクターにとってとても重要であると言うことです。

5番目、青のチャクラは「良いコミュニケーション」
喉の部分にあると言われており、自分が考える真実を誠実に語って、他の人の考えに深く耳を傾けることができるかということです。

6番目、眉間にある水色のチャクラは「観察パターンを認識する」というものです。
自分の周辺に起こっていることの意味に気づき、それを受け入れることができるかということです。

そして7番目、頭頂部にある紫色のチャクラは「内面の認識、コントロール、自立」を表しています。
新しい考え方に心が開かれているか、世界と自分の生活とのつながりを経験しているという、スピリチュアルな感覚を持っているか、ということです。

これが彼らが“ビヨンドコンビテンシー”、コンピテンシーだけでは表現できないこととして表現した7つの特質です。
これらの考えはコーチングや、様々な手法の考えを元に編み出されたもので、ビヨンドコンピテンシーという言葉の中には、「真実を誠実に語る」という意味合いがあるといいます。

私はこれは非常に面白いと思いました。
テクノロジーによって学びはどんどん変わっていきますが、テクノロジーでは追いつけない部分が、人間にはまだあるのではないか、と示されたようにも見えます。
私たち自身が人として、通常言葉で定義できない以上のものがどこかにあり、それをもっと磨くことが、学びをサポートする上で重要なのかもしれないと感じています。

■浦山昌志
株式会社IPイノベーションズ 代表取締役/ATDインターナショナルネットワークジャパン 代表理事

ラーニングテクノロジーに対する知見・実践の日本における第一人者。
ATDに参加するなかで、世界潮流をとらえ、新しいラーニングテクノロジーを日本に導入。
2018年に、グループ会社「株式会社ディーシェ」「ユームテクノロジージャパン株式会社」設立