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コラム

鎌倉トレイルラン&マインドフルネス リトリート

LDCイノベーション講座第4回は、鎌倉を舞台にしたアクティビティ。2月に講演いただいた「BORN TO RUN(クリストファー・マクドゥーガル著 NHK出版)」の日本語版編集長である松島倫明氏にガイドをいただき、古都鎌倉の山々を駆け巡る「トレイルランツアー」が開催されました。テクノロジーが今後どんどん進化してく世の中で”人間”という存在を捉えた時、人間にとって考える土台である”身体”と、 身体とつながっている”脳”をもう一度考える機会として、今回メディテーション効果も高いと言われているトレイルランを実際に体験してきました。

“トレイルラン”とは、森や山中、自然公園などの未舗装の道を走るスポーツのこと。長いものでは数日かけて160kmを走破するような、人間業とは思えないレースもありますが、この日参加者が各々のペースで走った(歩いた)距離は、トータルで5kmほど。とはいえ走るのは平坦な道ではなく、山中足元も不安定で木の根が張り巡らされた、アップダウンのある道です。「本当に、来て大丈夫だったでしょうか…」と、冒頭参加者は戦々恐々とした雰囲気に。

しかし松島さんは「あまり難しいことを考えなくても、自然に体が動くから走る、くらいに考えてくれればいいと思っています。自然、木々とか音とか温度とかに気づきながら走っていくこと、そして1歩1歩違うサーフェスになっている地面を感じながら走るということを意識してみてください。」と語ってくださいました。

ランの後は「こんなに気持ちいいとは思っていなかった」「ぜひ定期開催してほしい」といった声が多く聞かれた本企画。参加者1人1人にとって、きっと”トレイルラン”は様々な形に映ったことと思います。そこで今回は、始めてトレイルランを体験した筆者の視点でお届けしたいと思います。

トレイルを走ることは「

今、ここ」に集中すること

トレイルランに出る前に、まず行ったのは20分間の瞑想。松島さんのガイドに従って自身の呼吸に集中したり、ボディスキャンと呼ばれる方法で体の様々な部位の声に耳を傾け、心を落ち着かせました。そして、いざスタート。
最初は見晴台で鎌倉市を一望した後、山に入り、1.5kmほどの道のりを尾根づたいに走っていきます。簡単に”走る”という表現を使ったものの、実際はそうスムーズには行きません。平坦な道はほとんどなく、足元は木の根が細かく張り巡らされつま先だけで進むような箇所、落ち葉の下のぬかるみに足を捕らわれそうになる箇所、巨大な石にすべりそうになる箇所と、1歩として同じ足場はありません。最初の印象は「ここ、ずっと走るの?」という感じ。そんな中でも先頭の松島さんを始めとしたランナーたちは、テンポよく先へ先へと進み、やがてすぐに姿が見えなくなります。松島さんの「1歩1歩違うところに丁寧に足をおいていくということは、まさに「今、ここ」に集中することなんです」という言葉を思い出し、自身のペースで1歩1歩丁寧に歩むことを心がけて進んで行きます。

しばらくは足元だけに気を捕らわれていましたが、ふと鼻腔をつくしっとりとした香りに顔を上げると、そこは一面緑、緑、緑。前日の雨の影響もあってか、緑の香りが一段と濃いのがわかります。歩いているときよりも、深くテンポよく呼吸をするからなのか、森が身体の中に入っていく(あるいは、自身が森に溶け込んでいく)ような感覚を早く得られるようです。

走り出した時に感じていた胃腸の重たさも、次第に軽くなっていきました。踏みしめる地面はコンクリートと違って柔らかく感じられ、地面を掴むような、足指を使う感覚も身についてきます。トレイルは、上りはイメージ通りの大変さですが、スピードの出る下りも難しいもの。「コツは、上りも下りも1歩を小刻みにすること。その方が余計な筋肉を使わずに済む」と松島さんはいいます。出るスピードに怖気付かず何度か下りを経験していくと、次第に次の踏み場をテンポよく選べるようになり、ひらひらと踊るように下りていけるような箇所も出てきました。なんだか、野生人になったような気分です。

尚、ほとんどの参加者はランニングシューズでの参加でしたが、松島氏は普段から愛用している「ルナサンダル」を着用されていました。親指と人差し指の間を起点に足を支える、ごくシンプルな作りです。足はむき出しで「怪我をしないのですか?」という声も聞かれましたが、裸足に近い感覚で地面を捉えることができ、怪我をしないように適度に気を遣うことから、案外怪我はほとんどしないそうです。

そうしている間に、気がつくと中間地点まで到着。1.5kmとは思えないほどあっという間です。個人差はあるかもしれませんが、平坦の道のりよりもずっと短く感じました。

自然と身体が一体感を持つように


全員の到着を待った後、次の山に向かうまでにしばらく鎌倉市街地をジョギングすることに。この間、地面はコンクリートです。すると、参加者の口からは「土と感触が全然違う」「固いですね」「一部の筋肉しか使っていない感じ」「なんか足が寂しがってるね…一度トレイル走っちゃうと、もう平地は走れなくなりそうだね」と次々に感想が。もともと人類はコンクリートの平坦な道を走るようにできてはいない、ということがたった1km半程度でも実感できる不思議です。細かな木の根の感触、カサカサと音を立てる落ち葉の柔らかさが恋しくなります。

後半のランニングは、距離にして2kmほど。最初は先の険しい道が思いやられるような気持ちだったトレイルランですが、このころからは楽しいものになってきました。通常のランニングでは、足、腕の動かし方には一定のフォームがありますが、トレイルは1歩1歩異なる地面に対して都度全身を使ってバランスを取るため、使う筋肉も様々。身体も周りの環境に合わせて、少しずつしなやかになっていくようです。

ここでは途中、何組かのハイカーの方達とすれ違いました。迷惑をかけないようにスピードを落とし、歩きながら「こんにちは」と挨拶を交わします。「こんなところ登るの大変!!」そんなハイカーの方の声を聞き、ふと、歩いているよりも駆け抜けていった方が、案外リズムよくクリアできて身体にとってもいいのかもしれないなどと感じました。

そして、あっという間に山の麓へ。ゴールする直前、自分でも意外だったのは、ずっと口角が上がった状態(つまり笑顔)で走っていたということでした。学生時代から、特に長距離走は大の苦手、苦行としか思えなかった私にとっては意外なほど、自然と顔がほころんでいました。頭が、というよりも、身体が喜んでいるようです。

締めくくりとなったのは、由比ヶ浜での瞑想です。心地よく頬をなぞる風の中で、20分間、再び各々の世界に入っていきます。森でのランニングのおかげで、身体の中に深く潮風が入ってくるようになりました。最初の瞑想では雑念が多く浮かんでいましたが、今は余計なものが汗で流れ落ちたこともあってか、心地よい疲労感から自然と海に、砂浜に身を委ねるような気持ちになります。すると…行きつ戻りつする波の音と、自身の心音がだんだんと一体感を持つような感覚に。20分間は、あっという間に過ぎて行きました。終わりの合図があった後も、多くの人が、それに気がつかないかのように自分と対話をしているのが印象的でした。

終わってみて感じたのは、身体は思ったよりも、未知の領域に対して柔軟なのだということ。最初、頭では「難しいのでは」と思っていた道も、走ってみると、様々なサーフェスの地面に対して、先に身体の方が適応力を示してくれる感じがします。少し大きめの石や木の枝を踏んでバランスを崩しかけても、柔軟になった足首や脚の筋肉、上半身とで、うまくカバーすることができるのです。かつて、「人間は、死に向かっていくごとに全身が固くなっていく」と聞いたことがありますが、トレイルランをやってみると、むしろ全身がしなやかに、若返っていくような感覚を覚えました。

デスクワークをする人が圧倒的に増え、ともすると身体をないがしろにしがちな現代。その中にあって、鎌倉でのトレイルランはほんの半日ほどで、身体の感覚、生きている実感を取り戻せるものでした。終わった後の参加者の顔は、皆清々しい笑顔。トレイルランがメディテーション効果もあるのでは、というのも頷けます。こうした”野生に帰る”時間を定期的に持つことが、私たちには必要なのかもしれない。そう感じた半日でした。

文:波多野あずさ
撮影:梅田眞司

講師紹介

■松島倫明

NHK出版編集長

東京都出身、鎌倉在住
村上龍氏のメールマガジンJMMやその単行本化などを手がけたのち、現在は翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどを幅広く行う。手がけたタイトルに、デジタル社会のパラダイムシフトを捉えたベストセラー「FREE」「SHARE」「MAKERS」「シンギュラリティは近い[エッセンス版]」のほか、2015年ビジネス書大賞受賞の「ZERO to ONE」や近刊「限界費用ゼロ社会」がある一方、世界的ベストセラー「BORN TO RUN 走るために生まれた」の邦訳版を手がけてミニマリスト系ランナーとなり、今は地元の山をサンダルで走っている。「脳を鍛えるには運動しかない!」「EAT&RUN」「GO WILD 野生の体を取り戻せ!」「マインドフル・ワーク」など身体性に根ざした一連のタイトルで、新しいライフスタイルの可能性を提示している。最新刊はケヴィン・ケリー「<インターネット>の次に来るもの」。