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コラム

瞑想研究者 藤野 正寛② 瞑想・マインドフルネスは、相手への思いやりを持ちながら自分を守るためのキー

“共感疲労”という問題

これまで話してきた、呼吸に注意を向けること、体の感覚に気づくことは、仏教では”智慧(ちえ)”と表現されます。仏教には智慧の他に”慈悲”と言われるものがあり、智慧と両輪を成している存在です。慈悲の部分がコンパッションという風に最近表現されています。

慈悲の瞑想というものが話題になっていますが、それはなぜかというと共感の中には、相手の状況を理解するときに、相手の苦しみに巻き込まれてしまい、気がつくと自分自身が疲れてしまっている”共感疲労”の問題が大きくあるからです。

いかに相手の状態を理解しながら、目の前の人の苦しみと距離を置いて共感疲労にならずにいられるか。共感で留まる場合と共感疲労になってしまう場合の違いは何なのか、瞑想はその鍵になるのではないかということで、今興味を持たれています。

 

そもそも共感とは?

まず、この共感という機能はどのようなものなのかをみていきましょう。この機能は生まれたときから皆さんの中に備わっているものです。例えば、サルの赤ちゃんに向かって舌をペロっと出してあげると、サルの赤ちゃんも自分の舌をペロッと出すことが観察されます。

これはすごく可愛らしいんですが、同時にとても不思議な現象でもあるんです。なぜなら生まれたばかりの赤ちゃんは自分の顔がどんな風になっているかも理解できていないにも関わらず、同じことができるからです。

その理由の1つとして考えられるのが”ミラーニューロン”の存在。ミラーニューロンによって、相手が手を動かしているのを見たときに、自分の中でも手を動かしたときと同じ脳領域が活性化するような体の仕組みになっているのです。

これは動きだけではなくて、感情についても起こることがわかっています。MRIの中に入った人に、手に直接痛みを与え、その時に活動する脳の領域を調べます。その後MRI内の映像で、その人のパートナーの手に同じような刺激を与えるの見てもらい、その時に活動する脳領域を調べると、全く同じ領域が活動しているということがわかっているんです。

 

 

人間の脳は自他を混同しやすい仕組みになっている

自分の体感覚と感情の動き、そして相手の体感覚と感情の動きを見る・想うときの脳領域の動きは全てつながっているのです。これは、生物学的に見ても理に適っています。人間の脳はただでさえ容量が限られているので、領域を一緒にし、別のもので自他を切り分ける効率的な方法を進化の過程で戦略的にとったと見られています。

ただし、自分と他人を何を持って切り分けているのか、ということはまだわかっていません。反応の強さなのか、ネットワークの微妙な違いなのか、時間的な反応の違いなのか、謎のままです。とにかく、反応している部位は同じことからも、人間の脳は他者に共感する仕組みを持っていますし、自他を混同しやすい仕組みになっている、とも言えます。

 

共感の度合いには種類がある

ではどんな条件でも、自分と同じように体感覚・感情の部位が反応するのでしょうか。例えば、ある人が腕に針を刺されている映像をぱっと見ます。すると僕らは腕に痛みを感じるように、同じ脳領域が活性化します。でも「これは鍼灸の治療中なんですよ」と言われると、どうでしょう。途端に痛みの脳領域の活動がなくなります。

ここからわかるのは、相手がどんな属性か、どんな状態なのかという認知的なものの見方を変えるだけで、僕らは共感の度合いが変わったりするということです。さらに、相手の立場に立ってみるのか、自分の立場で考えるのかで、共感度合いが変わることがわかっています。

 

 

立場で変わる共感度合いを調べる研究

被験者に、ある苦痛に満ちた大学生のストーリーを聞かせる研究があります。その時に、被験者には3グループに分かれてもらい、それぞれ「できるだけ客観的に聞いてください」「それが自分事だったらどういう風に感じますか」「相手がどんな風に感じていると思いますか」と提示しながら話を聞いてもらいました。

すると、客観的に聞いたグループは、相手に対する共感が低くて、共感疲労も低い。自分事のように聞いたグループは、相手への共感も高いが、自分の共感疲労も高くなった。ところが、相手がどう感じているかを考えていたグループでは、共感度は高かったはが共感疲労が低かったと言う結果になったんですね。

できるだけ相手の苦しみを理解しようとする時には、相手が自分と同じ人間であり、自分と同じグループであると意識を持ちつつも、自分ごとに感じるのではなく、相手から見てどれだけ大変だったかという視点を持つことで、こうした結果を得られるのではないかと思います。

 

どうやって共感疲労だけを下げるか

ではどうやったらこの状況を作り出せるのか。それは、プライミング効果を利用するということです。先ほどと同じ学生の話を聞く設定で、今度は何もせず話を聞くグループの他、いくつかの介入をするグループに分けます。

介入条件の1つ目は、両親に愛情深く助けられた大学生の物語を先に聞く。2つ目は、自分がかつて誰かの愛情に包まれていたときの記憶を思い出してくださいと表示されながら話を聞く。3つ目は、愛情、包容などといった慈悲に関する言葉を、画面途中にサブリミナルレベルで提示する。

すると、何もせず話を聞くグループは共感度が低かったのに対し、介入されたグループはいずれも、相手に対してきちんと共感をした上で、共感疲労は低いという結果になったんです。慈悲の瞑想というのは、このプライミングの効果があるのではないかと思います。

 

言葉をスイッチにプライミング効果を起こす

慈悲の瞑想では、例えば「生きとし生けるもの幸せでありますように」といったことばを頭で唱えます。これは、なんだか胡散臭いもののように感じられると思いますが、先ほどのようにかつて誰かに愛情深く助けられた、自分が愛情に包まれたときの記憶を思い出すだけで、みんなが幸せになってもらいたいという慈悲のモードになると言えるわけです。

そして慈悲の瞑想は「私は苦しみから解放され幸せになります」「尊敬する人は苦しみから解放され幸せになります」「私の嫌いな人は苦しみから解放され幸せになります」というようなことを頭のなかで唱えますが、これはどんどん視点を変えていくトレーニングにもなるわけです。

実際、こうした授業を6時間の授業を受けて瞑想を学んだ人たちが、1週間から2週間、1日数分トレーニングをし続けると、実際に苦しみを抱えている人を見たときにその人を助けたいというポジティブな感情が高まる、という研究結果もあります。

まだまだ科学的に検証すべき点はありますが、言葉を頭の中で繰り返すだけでも自分でそのモードを作っていくことができるということ、瞑想を通じて視点を変えるトレーニングになっているということは言えると思います。

現代は自分の意思に反映されるような情報、刺激が溢れています。その中で、感度を下げずに自分の状態に耳を傾けながら、相手への共感で共感疲労状態にならないようにするのは、難しいことです。ここまでの流れで検証してきたことからも、マインドフルネスや慈悲の瞑想は、相手への思いやりを持ちながら自分を守るための、キーとなるかもしれません。


左:宍戸幹夫(鎌倉マインドフルネス・ラボ株式会社 代表取締役,コーディネーター)

中央:藤野正寛氏

右:清宮普美代(株式会社ラーニングデザインセンター代表取締役,主催)

 

文:波多野あずさ
撮影:梅田眞司

ゲスト紹介
■藤野 正寛
1978年、大阪生まれ奈良育ち。
神戸大学経営学部卒業後、医療機器メーカーで7年間勤務。
10日間のヴィパッサナー瞑想リトリートに参加し、瞑想が身心を健康にしてくれることに気づき、「働いている場合ではない」と退社。
現在は京都大学大学院教育学研究科博士課程に所属するとともに、日本学術振興会特別研究員として、瞑想の脳研究を進めている。