COLUMNS

コラム

鍵となる”自分の軸”を探求するワークショップ

身体を調え、心から湧き上がるイメージを感じる1日


6月4日「新しい時代の潮流:ヒトと組織のこれから 時代を先駆ける「教育研究者」の視点 これからの時代の生き方の鍵となる『自分の軸を探求するワークショップ」」が開催されました。
サブテーマは「非日常でゆったり過ごし、より自分らしいあり方と自分の軸のはっきりされるきっかけづくり」。マインドフルネスの考え方に基づき身体を整えながら、各々が心に向き合うワークショップを行うという、これまでのLDCイノベーション講座とは趣の異なった企画となりました。
大田区の風情ある古民家カフェ「蓮月」の一角を1日貸切り、畳敷きの空間に集ったのは20数名。講師に東京工業大学でリベラルアーツを担当する中野民夫先生を迎え、呼吸や動作から身体を調え、自然に浮かんでくるイメージを通して自身の軸を再発見するひと時となりました。
冒頭、まずは4人1組となって自己紹介。3つのキーワードから、各々が置かれている立場を共有していきます。畳敷きの空間に正座し、円形の段ボール「えんたくん」に互いの話を描きながら話すと、初めて出会った4人も自然と親密な雰囲気に。ここで、お互いの『現在』を共有しました。
ここから、マインドフルネスの考え方に沿って身体を調えていく「調身、調息、調心」の時間へ。「たまにはゆっくり呼吸してみましょう。」中野先生の案内に合わせ、自身の足元に大地を、頭上に空を感じながら呼吸を調えていきます。頭を空っぽにし、耳にできる限り入ってきた音、心に浮かんできたものを、解釈することなくただ受け止める30分間。呼吸や脈を通して、大地と、生命とつながっていることを感じていきます。「とても心地よかった。しばらく気持ちいなという気持ちをひっぱりました」という声もあれば「今ひとつ緩んだ感じがしない」という人も。いずれにしても、日ごろ忘れがちな身体の声を聞く時間となりました。

食べる瞑想、お昼寝…「こんなに贅沢な時間を過ごせるなんて」


日ごろ、スマートフォンをいじりながらなど”ながら食べ”をしてしまう人も多い今。そんな人に、食事のありがたさを感じさせてくれたのが「食べる瞑想」。お昼に出された精進料理弁当のいただき方は「一口ごとに箸を置いて、その食材がどんなものか、どこからやってきたかをイメージしながらいただく」こと。誰も会話することなく、食べ物1つ1つと対話する時間です。食後には「人参ひとつで、これだけ味わうことができるんですね」「食べるという、1つのことに集中するのが難しかった。でもごはんをいただくという贅沢な時間を見過ごしているかもしれない」といった感想がぽつりぽつりと出てきます。自身の呼吸と大地に意識を向けながらのPower Nap(昼寝)もあり、食べる、寝るという生きる上での基本的な活動を見つめ直しました。

こうした静かな時間を経て、いよいよ自分の人生を振り返る時間に。今の自身を構成する出来事、出会いを1つの円(ライフヒストリーマンダラ)に時の流れにあわせて書き表し、自身の大事にしたいことを言葉に表していきます。3人1組でライフヒストリーを共有する時間を過ごしてみると「実はこんな出来事が自分を構成しているんだって初めて気づいた」といった声も。さらに、自分のエッセンスに触れる時間と称し、調身調息調心を行いながら「最近自身が満たされていると感じたこと」「幼少期に楽しかったこと」「人生で筋の通ったよい決断ができたときのこと」をイメージすると、思ってもみなかった自分が浮かんでくる人も多くみられました。

自分自身をめぐる旅を経て、得た気づき


最後は再び4人組に戻り、「これからの自分を構成する3つの要素」として自身の軸足となるもの、きき足となるもの、杖となるものを共有しました。
「参加して何が学べるだろうと思ってきましたが、意外と妻の存在が大事なのだということに気づきました。」
「会社を作って3年、ずっと突っ走ってやってきて、これまでを振り返る機会がありませんでした。こうした時間の大切さに気づきました。」
「苦手なことを頑張り続けようとしていたことに気づきました。」
「自分の軸を外に求め続けてきたけれど、まさか自分の中にあったのかというのが大きな気づきでした。」
参加者の多くから聞かれたのは「新たな気づきが得られた」という言葉。そして「初めましてという人同士なのに、自然とお互いの今までのことを話せたり、隣り合ってお昼寝ができたり。みなさんと“つながっている”感覚を持てたことが新鮮でした。」という声も聞かれました。

自分の軸に深く降りていきながら、その場にいる仲間と体験や想いを共有し、ゆっくりつながっていく感覚を得られた今回のワークショップ。心身に目を向けることで、初めて浮かんでくる大事なものが、参加者それぞれにあったようです。懸命に日々を生きることも大事だけれど、今を生きる私たちにとっては、身体と心を調えていくこともまた、必要な時間。それを身体で、心で感じることができる、ぜいたくなひと時でした。

文:波多野あずさ
撮影:梅田眞司

講師紹介
■中野民夫
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院
教授
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授/ワークショップ企画プロデューサー。1957年生。東京大学文学部卒。30年の広告会社勤務をへて、同志社大学教授を経て、2015年秋から現職。大教室でも参加型の授業を展開。1990年前後に休職留学したカリフォルニアの大学院CIISで組織開発やワークショップについて学ぶ。以後、会社勤めの傍ら、人と人・自然・自分自身をつなぎ直すワークショップやファシリテーション講座を実践。主著に「ワークショップ」(岩波新書)、「みんなの楽しい修行」(春秋社)、「ファシリテーションで大学が変わる」(共編著、ナカニシヤ)など。