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コラム

NHK出版編集長 松島 倫明 「いまこそ、GO WILD」~これからの時代の生き方~

これからの時代をリードする多様な人材が共に学びあい、イノベーションを起こしていく力を高めるための連続講座が始まりました。
2017年2月1日、記念すべき第一回目のゲストは、NHK出版の編集長、松島倫明氏です。
今、世の中は新しい時代を迎えています。テクノロジーの進化や働き方の多様化が進む現代において私達は、どう働いていくか、どう生きていくか。その中で松島氏が注目したのが「テクノロジー」と「身体性」という軸です。一見繋がりがない2つの軸にはどのような関わりがあるのでしょうか。

「テクノロジー」が「共感」の価値を上げた

まずテクノロジーの面においては、AIが人的な脳の限界を超え、以降は知能を持ったコンピューターが人間の代わりにテクノロジーを進化させる時代が訪れるとされるシンギュラリティ。そして共有からビジネスを生み出すシェアリングエコノミーなど、デジタルの力がこれからの社会をどのように変えていくのかに注目に集まっています。

過去であれば特定の人しか持ちえなかった技術や情報を誰もが容易に共有できるようになった現在、人が価値を置くものにも変化が見られます。その1つが「共感」です。以前は貨幣が媒介なり人と人とを繋いでいましたが、デジタルの力により限界費用ゼロが達成できるようになった今、「共感」を媒介とする協働型社会が台頭しています。無料や共有からビジネスを生み出すことが必要な社会において、利他の精神、道徳的な感情や人と人との繋がりが一層重要となってきているのです。

脳と身体の本来=「野生」である自然

身体性の面においては、マインドフルネスやそれが脳へ与える影響などへの関心が高まっています。脳科学により、フィジカルな活動が脳に影響を与えることが分かっており、近年は「野生化=GO WILD」が脳や人間性に与える効果への関心も高まりつつあります。

進化のルールに照らせば、現代人の生活は人としての健康や幸福に繋がるものとは言えません。過去からほとんど進化していない人間の身体=version 1.0の身体に本来合っているのは野性的な暮らしであり、その暮らしにおける重要は要素は食事、動き、心です。

農耕の影響により過剰摂取するようになった炭水化物の摂取を抑え、人の健康や性格にも影響を与える腸内細菌とっても良い『野生の食事』。
自然の中で活動することで本来の人間の動きや五感の感覚を取り戻すトレイルランや裸足ランニングに代表される『野生の動き』。
今あることに集中する瞑想やマインドフルネスに代表される『野生の心』。

これらそれぞれを断片的に行取り入れるのではなく、連続的に行うことで本来人間に合ったライフスタイルが確立されます。そしてそれは人間としての健康や幸福を取り戻すことに繋がるのです。また、バイオフィリアといい、人間は生得的に生命や自然を志向する身体的傾向を備えています。

自然の中にいると気分がより良いものになる、自然の中にいる方が認知力が向上する、などの効果については以前より研究が行われていましたが、脳科学の点からも、人間は自然の中にいることが最も健康で幸せでクリエイティブになれるという結果が出ています。現在は自然が脳に与える影響の研究が進み、その結果に世間の目が向くことで、皆がその方向を向き始めている時代でもあるのです。

脳をダウンロードしても「人間」にはならない

ところで、近年脳の研究が進んでいますが、脳の仕組みを全て解析出来れば、人間そのものをデジタル化することは可能なのでしょうか。例えば、身体的に生命の終わりが近づいた際に、脳の情報を全てダウンロードし、姿形が類似したロボットなどに移行すれば、その人間は生き続けることができると言えるのでしょうか。

これについては「人間性」について考える必要があります。人間は脳だけで出来ているのではありません。腸内細菌が性格に与える影響、人同士の繋がり、思いやりといった関係性も人を構築する重要な要素です。

つまり、ただ脳の情報をダウンロードするだけでは人として不十分であり、フィジカルなものを通すことではじめて人間性が生まれ、人間を人間たらしめることが出来るのです。そしてその人間性を形作るための要素の1つが『野生』であり、シンギュラリティにとっても『野生』が鍵となるとされています。

また近年のAIの普及、発達にもめざましいものがあります。今、AIは航空機の制御や自動運転自動車、ルンバなど生活の様々な場所で使用されており、AIそのものの進化にも期待が寄せられています。

その一方で、AIに人が期待するものは過剰な知識ではなく、電卓など1つの能力に特化したものだという意見もあります。確かに人間以上に優れた記憶力や計算力を備えたAIを作ることは可能です。

しかし、人間や動物それぞれに得意なもの、不得意なものがあるように、AIも全てのものに優れている必要はありません。知識は様々な機能の組み合わせであり、何に秀でたものにさせるのかによって、様々なAIを創ることが出来ます。

これからAIが進化し、様々なものと組み合わさっていく中で、知識の自動化やサービスとしてのIQなど多様なAIが生まれることが予想されますが、私たちはそれらと敵対するのではなく、共に暮らし、働いていくことが必要です。

そして、今後、AIが生活の中に自然に存在する社会になる中で、人は人間がAIよりも優れている部分や人間が一番心地よいと思えるものとは何か、を問い続けることになります。その時こそ、先に述べた人と人との繋がりや共有こそが、非貨幣経済で繋がる、デジタルとフィジカルが混在する社会の中で重要になるでしょう。

@K.I.T.虎ノ門大学院 参加者70名弱

 

文:波多野あずさ
撮影:梅田眞司

講師紹介
松島 倫明
東京都出身、鎌倉在住。NHK出版編集長。村上龍氏のメールマガジンJMMやその単行本化などを手がけたのち、現在は翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどを幅広く行う。手がけたタイトルに、デジタル社会のパラダイムシフトを捉えたベストセラー「FREE」「SHARE」「MAKERS」「シンギュラリティは近い[エッセンス版]」のほか、2015年ビジネス書大賞受賞の「ZERO to ONE」や近刊「限界費用ゼロ社会」がある一方、世界的ベストセラー「BORN TO RUN 走るために生まれた」の邦訳版を手がけてミニマリスト系ランナーとり、今は地元の山をサンダルで走っている。「脳を鍛えるには運動しかない!」「EAT&RUN」「GO WILD 野生の体を取り戻せ!」「マインドフル・ワーク」など身体性に根ざした一連のタイトルで、新しいライフスタイルの可能性を提示している。最新刊はケヴィン・ケリー「<インターネット>の次に来るもの」。