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コラム

対話を科学する(ゲスト*リープ株式会社 代表取締役 堀 貴史氏)

2018/6/20 AS研究会「対話を科学する」
ゲスト:リープ株式会社 代表取締役 堀貴史氏

第3回は「対話を科学する」をテーマに研究会を開催した。
ゲストは、アクションラーニングコーチの資格も取得されているリープ株式会社代表の堀貴史氏。
堀氏は、産業技術大学院大学での研究をもとにした「バイタル(生体)データ」で人の主観値を測定するという新しい試みを行ってきた。
また同社の主力事業となっている教育人材開発サービスでは、主に営業の商談中の対話を独自に解析し、スキル向上を支援するという内容で、注目を集めている。
今回はサイエンスを用いてどれだけコミュニケーションの場が解き明かされるようになっているのか、現場から先端技術を知る機会となった。

バイタルデータをチームワークへ活かせる時代

私はもともと製薬企業でMRをしていました。
マネジメント経験や本社部門での経営企画・マーケティングの経験を経て、製薬企業に人材をアウトソースする企業で仕事をしていたという経験があります。
どういった人をアウトソースすれば活躍してくれるか、どうやってその人のパフォーマンスをあげるか、と常に考えながら仕事をしていましたので、そこから自然に人材開発に興味を持ったというわけです。

今弊社の主力事業は「教育に選択を」というテーマで行なっている教育人材開発サービスです。
一方で私が個人的に”人の主観値”、つまり感覚的なものをバイタルデータから測定することはできないかという研究を進め、商品開発もしていたことがあります。
これは様々な課題があってリリースできていないのですが、人の主観値データを、チームのオートファシリテーションに生かそうという商品を開発したりもしていますので、少しそのお話をします。

バイタルデータで測る主観値

皆さんは、バイタルデータというと、脈から推定する心拍データ、脳波、体温などを思い浮かべるでしょうか。
実は体の動き、加速度などバイタルデータに含まれるものはたくさんあります。
今はiPhoneやApple Watchのようなウェアラブルデバイスで、生体データを手軽にセンシングできる技術が身近になりましたよね。
私はこのデータから、人の主観値を測ろうと考えました。
人の主観値を測るというのが1番難しく、サービスとしてほとんど展開されていないものだったので、チャレンジしてみたいと思ったからです。

テーマとして設定したのは、バイタルデータを用いて集中力を測るというものです。
集中力というのは、ここでは実質ワークエンゲージメント度(=没頭度×活力度×熱中度)のことを指しています。
なぜ集中力をテーマにしたかというと、私にもサラリーマンの経験がありますので、せっかく測るのなら仕事に直結するような値を測りたかったんですね。
生産性という観点では、人間には4つの場面が存在します。
リラックスしている状態、退屈な状態、ワークエンゲージメントの状態、バーンアウトな状態の4つです。
このうちワークエンゲージメントと言う状態は仕事にものすごく熱中し、没頭し、活力ある状態だと言われていました。
であれば、この状態を測定することができれば、何かの役に立つのではないかと考えたんです。
このサービスはリリースこそしていないものの2015年、品川区のビジットネスコンテストで優秀賞をいただいたりしています。

ところで集中力を測るというと、皆さん、なんとなく脳波のほうがよさそうな気がしませんか。
でも実は今回の実験で心拍データによってわかる値の方が集中力が測りやすいことがわかったのです。
様々なデータを分析にかけていくと、あるタスクである成果が出ている状態の時に、特徴的な波形があることがわかったのです。
こうした特徴は、データ数としては300万ほどの中から見つけるもので、まさにビックデータの解析を何度も何度も行ったということになります。
詳しい手続きを省き、ごく簡単にご説明すると、先ほどの心拍の中の特殊波形をはじめ、集中力と相関が見えた特徴項目は、代表的なものが4つありました。
これは一つの成果です。

この技術を使うと、ある仕事をやっているときに、集中度が高い状態を発揮できていれば、その仕事が向いているといえるかもしれません。
逆に集中度の裏返しとしてストレスが高いということが分かれば、その仕事はあまり向いていないと言えるかもしれません。
実はここまではできるようになっているんですね。
ただし、集中力を測るというのは、それ自体あまりサービスとして役に立たないことがわかりました。
なぜなら、熱があることはわかっても熱を下げることができないのと同じように、集中度がわかってもそれを高める方法にまではリーチできないからです。
ここが、サービス化する上での課題ですね。

集中度の可視化

ただ、これだけで終わらせたくないという思いもありましたので、これをオートファシリテーションの機能に活かそうと考えました。
実は僕も質問会議を経験していましたので、チームの状態を可視化するツールがあれば、何か役に立つかもしれないと思ったんです。
ライトの中にアルゴリズムを組み込んで、1人1人の集中力がリアルタイムでわかるようにし、チームメンバーに対してフィードバックできるようなものを、製品として開発しました。
『ふぃーるらいと』といって、ライト一つ一つが色ごとにその場にいる人の集中度を表すようになっているんです。
青が集中力が高い状態、赤が低い状態、緑が中間です。

例えば、これを会議中机の真ん中に人数分置いてみます。
すると、誰に対応したライトかはわかりませんが、全体として集中度が高いのか、まだまだこれからなのかがわかるわけです。
1つだけ赤いライトの状態だった場合は、実は誰か気持ちの上でその場に集中できていないということを表します。
そのことに皆が何となく気づければ、チームワークを高める方向に行こうとするのではないかと思ったんです。
現に、いくつかの実験であるタスクにおけるチームでの遂行度を調べたところ、ライトがある状態の方が遂行度が高いという結果が出ましたので、実証はできています。
また、実際に参加した人にインタビューを行ってみると「ライトがあることで相手がどんなことを考えているか思いを巡らせた」という意見もあったため、チームに対する行動変化のきっかけは提供できうると考えています。
これは商品化する際にもう一歩何かが必要だと思っていますが、バイタルデータを用いることでこんなことができるのか、という参考にしていただければと思います。

4,000名のデータを元に対話を分析する

次に、弊社のメイン事業、企業向けの教育人材開発サービスについてご紹介します。
弊社が行なっているのは、教育研修の設計ラーニングデザインです。
実は私以外の弊社のメンバーは、教授システム学というものを学んでいた、インストラクショナルデザイナーだったりします。
私たちが1番実現したい事は、HPI(ヒューマンパフォーマンスインプルーブメント)という理論に基づいた、成果や生産性が創出されるプロセスに対するサポートです。
私たちのゴールは、人が学んで成長すると言うことではなくて、クライアント企業のビジネスゴールを達成するということです。

営業と対話力

中でも私たちが1番得意としている分野は、コミュニケーションスキル、特に営業と顧客との対話に関する分析です。
人のコミュニケーションは最も生産性に直結すると感じられると思いますが、1番教育が難しく、その質を測るのはものすごく難しいと思います。
売れている営業が商談中に話している会話を聞くと「やっぱりあの人はうまいよね」となりますよね。
でもなんとなく「センスがいいから」「この人の人となりがあってこそ」の一言で片付けられてきたと思います。
逆に、同じようなトレーニングをされていたり「こうやって売りなさい」というシナリオが提示されていても、今ひとつ実績に繋げられない人もいますよね。
我々はその「営業力が高い状態」とは一体何なのかを評価して、成果を創出している営業と成果が出ていない営業にどんなギャップがあるのかを明確にして、適切な学習方法を見つけていきましょうということを行なっているんです。

クライアントは、もともと僕が製薬会社出身なこともあり、内外資系の製薬企業さんが比較的多くなっていますが、各種メーカーさんでも取り入れていただいています。
これらの業界では、営業トークの練習をものすごくしていて、営業トーク力のレベルと売り上げ成績との相関が高く出るんですよ。
ただし、どんなタイプの営業にも効果が高いわけではありません。
ある専門領域に特化した先生方・お客様に伝える難しい商品であればあるほど、相関は高く出ます。
逆に一般消費財のようなお薬であったり、足を運ぶ回数が重要で対応力が低くてもたくさん売れるというような商品については相関が低いです。
だから私たちはどの分野の営業に対しても力を向上させるべきだと言っているわけではなくて、「御社のその製品は対話力が必要です」「御社のその製品は対話力なくても売れます」という点まで見極めながら提案させていただいています。

商談データの分析

具体的な検証方法についてですが、とにかく営業が商談中に話している対話、その時実際に起きている対話だけにフォーカスをしています。
音声を録音し、内容をテキストマイニングを行うとともに、AIを使って自然言語処理を行って、対話の中身を構造的にしています。
またビデオ撮影を取り入れながら、話している内容の質的調査、これは相互行為分析の1つであるエスノメソドロジーという手法などといった手法を用いて、営業とお客様とのやりとりを質的に分析をかけるということをしています。
これはつまり、現場で起きている出来事、相手の表情の変化と言ったところまでをとにかく観察し、メモリしていくんです。
こうした商談のデータを、じつに4,000名以上に対してひたすらとり続け、成果が出ている人は何をやっていて成果が出てない人はどんなことをしてしまっているのか、この差分を見つけています。
具体的には、3つの分析をかけていきます。
対話の中身にフォーカスする対話分析、その時に起きている思考の変化を分析する思考分析、今回は取り上げませんがその後どのように活動が行われているかにフォーカスする活動分析の3つです。

対話分析と思考分析

対話分析

対話分析について説明しましょう。例えばある製薬会社の営業の、先生との15分の対話を集め、分析してみます。
この対話の内容を自然言語処理すると、大体10分間の商談の中で話題が10から15ほどに分解されていきます。
その後、話し手を企業内でのハイパフォーマーの人・ミドルの人・ローパフォーマーの人に振り分けます。
すると面白いことに、ハイパフォーマーの人には共通の文脈やトピックの流れがあり、ミドルの人にはミドルの人の、ローの人にはローの人なりの文脈があるということがわかったんです。
社内でされている教育は同じもののため、一見言っていることも同じように聞こえるのですが、その話題の作り方には傾向があるんです。

何を元に分解するかというと、トゥールミンという人が考えた論証構造というものを元にしています。
この論証構造によれば、対話には事実・事実情報・主張・理由・理由妥当性の5種類があり、この何かしらに対話の文脈は含まれていくと考えられます。
トゥールミンという人は法律学者で、論理学者なんです。
ですから法廷で相手を説得するときに、この論証構造に当てはめてものを考えて、いかに相手を説得するのかということが必要だったんですね。

これは営業の場面でも同じで、つまり商談で相手を説得する時、どういう論証構造で組み立てればよいのかということです。
弊社では対話をAIで自動的に分解して論証構造に当てはめることができるので、こういった、ハイパフォーマーの論証構造とミドルの論理構造の違いがわかるようになるわけです。
「彼はなんとなくよかったよね」というところから、ポイントを構造的に示すことができますので、例えばミドルの人もつまずいているところと、対処法が明確に分かり、成果に直結した教育ができると考えています。

思考分析

次に、思考分析です。
実際に対話している人の頭の中をリアルタイムで見ることはできないので、対話がどのような思考に分解できるのかという観点で分析をしています。
具体的には、ジョン・デューイという人が考えた方法に基づいて、対話内容を、問題解決介入プロセスといわれる構造に図式化するというものです。
ジョン・デューイは、人はどうやって物事を考えるのかを構造化した人です。
彼は、問題解決をするときのプロセスは「情報を明示する・整理をする・仮説を立てる・推論を立てる・仮説を検証する」という5つに分かれる、と整理しました。
よって僕らは、対話で行われた内容をこの5つの情報にAIを用いて分解するということをしています。
そうするとある対話を入力した時「ここでは情報を明示しているだけ」「あの話題はそれまでの起きていた情報を整理している」という風に、ラベル付けすることができるんです。
すると面白いことがわかってきます。
営業においてパフォーマンスが低い人は、仮説・推論・仮説の検証に関する情報のやりとりが、ほとんど行われていない、という傾向が出てくるのです。
優秀な人は、ある情報を整理してその情報から新しい仮説を立てるという、情報の変化を起こしていたりします。
こうしたことを、私たちはヘキサグラムで表現し、クライアントに可視化しているのです。

このような分析をクライアントに提案すると、最も言われるのは
「対話は十人十色なのだから、こんな風にストーリー通りに行くことはないのでは」
「対話力や思考力が成果に直結するとは思えない」
という意見です。

でも、営業の最終目的はただ1点、商品を買っていただくということですよね。
ですから、そこに行くまでの対話のストーリーには実はほとんど差分が生まれないんです。
弊社が過去に4,500名の営業を対象に、営業の対話力に関する評価を行ったことがあります。
その結果をヒストグラムで表現すると、当たり前ですが正規分布します。
ですから「その人の経験から出ないと絶対に語れないよね」という営業トークをするハイパフォーマーもローパフォーマーも1割くらいずついますが、逆にいえば8割の方は傾向が一致するんです。
つまり成功する時の文脈の作り方には傾向があるんです。実際に分析してみると、そのパターンは多くても3種類くらいしか作れないんですよ。
ですから、こうした思考分析の結果が役にたつ、ということなんです。

対話分析と思考分析、いかがだったでしょうか。
大事なのは分析をすることではなく、これをどう教育に活かすかということだと思っていて、分析そのものはあくまで手法です。
ただ、AI技術も用いながら、対話をここまで分析できるようになっている、それを活かせる場があるということを知っていただけたらと思います。

■堀 貴史
リープ株式会社 代表取締役

産業技術大学院大学 産業技術研究科 修了。 明治大学 商学部卒。
外資系製薬企業・ヘルスケア関連企業にて、営業・マーケティング部門を経て、現職。
人間中心デザインに基づく顧客・学習者分析により企業教育設計を実施し、パフォーマンスエクセレンス(卓越した成果創出)を支援。
行動アセスメントと分析、教育コンテンツの設計を実施するLEAP社を2016年 設立。
外資系製薬企業・ヘルスケア関連企業にて、営業・マーケティング部門を経て人材開発業務に従事
得意分野・業界、実績
生涯学習開発財団 認定コーチ
日本アクションラーニング協会 認定ALコーチ
Comptia CTT+ (インストラクター)資格
Comptia Project+ (プロジェクトマネージャ)資格
I-TRIZ推進協会 認定(IPS)PF2級
MR認定センター MR認定資格 データマイニング/感性工学/認知科学/プロジェクトデザイン